厳密には、全然違うけど丸について

厳密には、全然違うけど、現在使われている丸について書こうと思います。

 

こっちのブログにしたのは、私はこの事について二十歳くらいとか若い時に、深く考えていただけあって自分でもきちんとした内容だったんだなと思う内容だからです。

若いなりにとか、深くそういう時期なり考えてた答えだからだなと今だから、思う感じがして。

 

実際にそういうふうに私はこの事について話したと思いますが、「深く何も考えずに、例えば机とかの角が丸くなっているのって一般的になっていると思いますけど、そういうのがいい事とか、優しさとなるんじゃないかと」というような話です。

だから、現在、使われている丸とは全然違う話です。

 

ちょっと深い哲学にもなるような話かもしれないです。

概念とか。

 

こういう話とかって、ぱっと聞くと若いころとか子供が考えた話なので、きちんと人に伝わるような話にしようとすると「無償の優しさ」とか「見返りを考えずに与える事」とかなるように見えるし、そっちの方がわかりやすくて賢そうな答えであると思います。

でも、それも厳密には違う解釈になります。

 

この若い時期って、前も話したかもしれないですけど、男の人が女性に優しい事をするのって、下心につながる行為があったりとか、私はこの頃は普通に優しい人間だったと思うので、それを普通にしても何か裏があるんじゃないかと見られたりもしたり、そういうのが女性受けもいいとなると男性の目とかあったり、悪口があったりとかなったりしていたので。

今もそうなんですけど、かなり。

 

そういう時期だったからこそ、こういう答えになってたのが大きいと思います。

だから、単に仕事で机を作っている時って、角を丸くしてなると、ただ普通に丸くするだけだとも思います。

基本的には。

 

そうなると、誰かがそこにぶつけたとしても痛みが緩和したりするわけなんで。

 

実際は、こういう事を書くとまたいい印象を持つようなことをしてとか、裏があるんじゃないかとか人によってはでたり、女性の好感度がアップしたり、それで好感度がアップしたことで男性の目や悪口が出るかもしれないとか出てくるものなので、こういう事を書いている時点でも、当時の私が考えた答えみたいな話でいうとアウトなんですけど。

 

なんとなく、書いていることはわかると思います。

当時も中途半端でキチンと確信的で形づけられてない答えだなと思ってもいるんですけど、そういう事を深く考える時期だったんですが、その頃くらいに深く考えても意味がないというか、そういうのが答えというか、そんな感じで終わって深く考えることをやめた感じです。

それが12年前に、一番はじめに話したように私は「何もない」という話で、みんなが議論してたこともあったと思います。

深く考えると暗くなってしまったりするし。

そういう流れでしたけど、私の人生で考えて生活してた感じでは。

 

だから、今の世界情勢や業界、芸能界とか見ていると、当時、私なりに深く考えた話だったんで、そういうのもあって偶然、そういうのと合致しているから、深く考えられた話で、私の中で正解に近い話だったんだなと思ってます。

何もないという話ではなく、机の角とかの話の方です。

 

自分でも凄いなぁと。

 

実際、丸とかやって表に出して、こうなっているので。

だから丸が正しいという話になると、そうじゃないので。

奇麗にしようとするとそれを悪くしようとする力もあってだし。

 

でも、悪くする力って、そういう光景を見ていて凄いなぁと思いました。

そのエネルギーというか。

 

そういう話でした。